羽のひしゃげた蝉だから

羽化し損ねた蝉を見たことがあるだろうか。半透明な体は歪に歪み、潰れた羽は重石のようである。脚をカサカサといわせて、さも苦しげに地を這う姿。 まさしく、這う這うの体で。後は死を待つだけといったその姿は、今の自分の生き様に似ている。

【ホラー小説感想&考察】梨『6』前編

  • 読書ノートまたはネタバレ

 

もう地獄巡りは済みましたか?

 

6章「ONE」

地獄の話

 

情報の整理のために纏めてみた。誤った解釈による換言もあるかもしれない。以下、本文要約。

 

 「僕」はマンションに帰ってきた。自室のある5階に行くためエレベーターを待つ。待ち時間、行方不明になった職場の友人を思う。彼はある時からエレベーターを避けるようになっていた。

僕はエレベーターに入ったが、中々5階につかない。それどころか、窓から見える景色もおかしい。

  「まもなく、6階、です。6階には、天上、がありました」無機質な機械音声が告げる。窓の向こうのすぐそこに色褪せたマネキンがある。マネキンは喪服を模した塗装がされているが古びて斑になっている。マネキンの顔部分には不自然にあの友人の顔が張り付いていた。その顔は泣こうにも泣けずくしゃくしゃに歪んだ情けない表情をしている。

  機械音声によると、天上の住民は幸福な暮らしをしているという。しかし、長寿でも老いからは逃れられず、いずれ自身の幸福は仮初めのものと気づき、これから訪れる死や苦痛に怯えることになるという。

 エレベーターが階を下ると共に、機械音声はその階に対応する世界を解説する。そして、友人はそれぞれの階に相応しい姿で窓の向こうに立つ。

 5階は人間。人間は他の世界を想像、幻視する。死後の幸せを信じることで生と死の苦しみから逃れようとする。

 4階は修羅。怒りと争いの世界。自分より上の世界の住民と接触する手段として墓石にアンテナを立て、「罰当たり」な音声を発信する。上の世界の住民は怒りによってのみ対話に応じると考えているからだ。今は当初の目的を忘れ、罰当たりなことをすること自体が目的になっている。

 3階は畜生。転生しても苦痛しかないと理解していたので、動物霊と交信し、その意見を聞くことで転生からの脱出しようと試みる。しかし、交信できたのは他の世界の住民とだけ。

 2階は餓鬼。この世界の住民は幽霊のように魂だけで存在し、生前の死に様を繰り返す。ある餓鬼は繰り返す転生を止めるために、新しく死に直した。これは世界が想定していない挙動である。そのため、世界全体が壊れてしまった。それからは死を経由しなくても世界を行き来できるようになった。そして、他の世界への干渉はさらに容易になった。

 このような解説を聞き、僕は気づく。自身に存在するはずのない記憶があることを。それは前世の記憶ではないか。

 僕は1階の地獄で降りる。そこには普段のエントランスが広がっていた。しかし、自動ドアの向こうには無数の飛び降り死体。今まさに地面にぶつかるものもある。断続的にマンションのあらゆる階から飛び降りが行われているようだ。

 エレベーターから再び声がする。

「地獄に落ちた方々は幾度となく死の苦痛を経験し、それによって罪業の報いを受けたと判定され、新たな世界へ転生する権利を得るそうです。これはどこかの人間の思いついた設定です。その人はこれを用いて戒めの思想を広めようとしたのでしょうが、それは却って死の陳腐化と矮小化を促しました」

 僕は考える。この数多の飛び降り自殺は、それぞれの世界の住民がその世界での人生を拒否した結果だろうと。しかし、それを拒否したからといって苦痛に満ちた転生、いわば「死に変わり」からは逃れられないだろうと。今の世界の苦しみを終わらせるために死んだからといって、次の世界で苦しむことになるだけだ。

「こうして、生も死も、ひともみたまも、全てが曖昧になってしまいました。確実なのは、あなたたちが死んだところで、その先の幸福も安らぎも一切ないという事実だけで」

 僕はエントランスからエレベーターへ戻る。そこで初めてエレベーターの隅に何かがいると気づく。それは背のとても高い、塗装の剥げたマネキンのようなものだった。今までの音声はこのエレベーターガールのような存在の話し声だったのだ。

 エレベーターは5階につき、僕は自室へ向かう。自室のリビングには僕の死体があった。僕は服毒自殺をしていたらしい。

 これから僕はどこかの階の住民として死に変わり、確実に苦痛に満ちた生を送るのだろう。僕はベランダから飛び降りた。その直前、後ろから僕の笑い声が聞こえた気がした。

 

・ベランダからの飛び降りと「幽霊として新しく死に直す」のは類似の事象のような気がする。

→僕は最終的に死体から分離したいわば幽霊となっている。その状態で飛び降りるというのは死に直しに近いのではないだろうか。

 →今はもう幽霊として死に直した人が多く世界が壊れてしまっていて、生も死も、肉体も魂も曖昧になっている。そのため、餓鬼の世界だけではなく人間の世界でも幽霊として現れることが容易に起こりうるのかもしれない。

→まあ、壊れて曖昧になったこの世界では、幽霊の飛び降り自殺も地獄への移動に過ぎないだろうし(これも死の矮小化?)、死に変わるだけなんだろうけど。

 

5章「TWOnk」

餓鬼の話

twonk→愚かで思慮の浅い

 

首を吊った男の子は、死んだ姿で現れている霊なのではなく、ただ霊として死んでいる

彼は生きているように振る舞う霊として存在していたが、明確な意志によって霊としての死を選んだ

・霊として死ぬと死に変わることがない

   →6章で触れた世界が想定していない挙動。世界を綻ばせた原因の一人

・死に変わりから脱出するために生きたように振舞っていた

  →成長しているように見えたのもこのため

 

4章「THREE times three」

畜生の話

three times three→3✕3、三々九度(神前式で新郎新婦が酒を酌み交わす儀式)、(万歳などの)三唱、3度の繰り返し

 

3✕3は正方形、つまりは平面図を想起させる。しかし、こっくりさんといえば横長の長方形の紙が典型的な気がする。

Caravanseraiで行われる夜の瞑想のテクニックは第9公式まである。

 

3度の繰り返しと考えると、2度あることは3度あるという諺のように、物事の普遍的な繰り返しが想起される。それは転生、死に変わりに繋がるだろう。

 

phalanstère→ファランステール。自己完結型ユートピアコミュニティのための住居(生活空間だけでなくホールや図書館、畑などもある)

 

caravanserai→隊商、旅行団



・この団体メンバーは人間?畜生?

→6章の畜生の解説と同じく動物霊と交信し、その意見を聞こうとしている。

→体があるから人間か。体の力を抜くテクニックが紹介されている。6章の友人は畜生の階では見えなかったため、畜生の住民は体がないと考えられる。

よって、セミナー受講者、求愛者はただの人間、前世の記憶のある人間や、畜生の住民から干渉を受けた人間だと考えられる。

もしかすると贈愛者の中に畜生の住民がいるかもしれない。

畜生様(実際は存在しない救世主)<畜生の住民(初期信奉者)<人間(畜生の住民から信仰を広められた)という上下関係か。

 

・畜生様が実在しないと気づいた一部の畜生の住民は怒りをもって修羅の世界へ移動。彼らはこの件で信仰へトラウマをもち、涜聖に耽溺する。

 

・やばい違うやつだった

→どんなヤバいことがあったんだい?

   以下、空想。真実を教える存在と交信した可能性。自分は畜生様ではない人間の成れの果てで、全ての世界に救いはなくて苦痛だけがあるという真実に晒されて発狂

→私は新品の紙の書籍を買ったので、一瞬、落書き?!やだっ!!と混乱してしまった。手書き風に地の文に被せられた文字って、安全な読書を侵犯されているみたいで嫌悪感すごい。第四の壁超えられかけた。

 

・このガイドラインという体裁には勿論不気味さも感じたが、ブラックコメディのような面白みも感じた。

馴染みのない外国語由来の名詞やビジネス用語の多用が一見集金用カルトっぽいが、やってることはこっくりさんというダサさ

 

3章「FOURierists」

修羅の話

fourierist→フーリエ主義

→1画減ればtourist(旅人) 。

→4章のカルト的名詞(オウムのポアみたいな)としてでてきたphalanstèreはフーリエが考案したもの。またcaravanもtouristと意味が近いので意図的な言葉遊びではないだろうか。

 

・ラジオの放送元は修羅の住民。人間をおちょくって怒らせようとしている。人間の世界の山道に修羅の世界の施設が繋がってしまっている



時系列

①中村の運転で中村・カオリカップルが山に行き、謎のラジオを受信

②サークルでその情報を共有。サークルメンバーの何人かがラジオの放送元を探す

③高原が山でラジオを受信。それから高原の性格が変わる

④AとBが山に行ったまま行方不明に。本章最初の動画パートがこれ

コーヒー店の店主たちがAとBを捜索。AとBの残したテープを発見

コーヒー店の店主へカオリから電話がかかってくる。カオリ曰くラジオの放送元から受信証が送られてきたらしい。

⑦語り手の僕がコーヒー店の店主からこれらの話を聞く

 

カオリの電話の考察

・カオリの主張「受信証が送られてきた。この受信証は高原の字を真似している。だからラジオの放送元は私でなく高原へ受信証を送るつもりだった」

→受信証には「わたしたちの言葉を直接受け取ってくださってありがとう」とあるらしい。高原は修羅の住民と直接会い、それが原因でおかしくなった可能性が高い。おそらく、苦痛しかない世界の真実を告げられたため、厭世的、露悪的に?人間の世界に戻ってきてる当たり修羅の考え方には同調していないようだ

・カオリ「AとBは放送を聞いた直後に施設へ向かい、放送元と直接会ったので受信証のやりとりは必要なかった」

→そもそもカオリはAとBの映像を見ていないはず

・カオリ「なんでアレはわざわざもう一回ドライブ行ってまで聞こうとしたんだろうね」

→アレ、あの男とは中村のことだろう

→カオリは受信証を受け取った後に、中村に騙されて山道、そしておそらく施設に連れて行かれた

→カオリは中村が以前からラジオを知っていたと疑っている。最初に山道で電波を拾った時を振り返ると、中村の作為を感じるからだという。この怪事件は中村が仕組んだ可能性が高い

・カオリのブラックジョーク、通話越しに聞こえる「いいですね」

→通話越しの声は修羅のもの。カオリは自ら進んで修羅の世界の住民となっている。修羅の一員として露悪的、涜神的言動を心がけている